レモングラスのチャイをつくってみる(インドのゴアに思いを馳せて)
ある日の夜、ふと、チャイを飲みたくなった。わたしは、チャイが好きで、それは、きっとスパイスをとおして、香りが体に入っていく感覚が好きなのだと思う。コップからあふれる湯気と香りが、なんともリラックスする。
今回、つくってみたのは、アッサム紅茶に、ハーブやスパイスをブレンドして。昔、インドで飲んだチャイ、もっといえば、ヨガの先生に教えてもらった手作りのチャイは、ほんとうにシンプルで、スパイスを過剰にいれることもない、日常使いのチャイ。
毛むくじゃらのインド人のヨガの先生と、一緒に市場にいって、チャイをつくるためのスパイス(シナモン、カルダモン、クローブ、ドライジンジャー)の一部は、7年くらいたった今でも、まだ残っている(⇦使っても、使っても減らない・・どんなけ欲張って買ったのか・・)
インドにヨガを習いにいくきっかけになったのは、ドイツに住んでいたころ、近所にあった靴屋さんの店主、ウテと知り合ったことだった。ウテは、毎年、毎年彼のいるインドのゴアにリトリートにいくのだという。そして、なんとその先生が、ドイツでヨガを教えてもらうためにウテが招待したという。
ヨガは、好きだし、本場からくる先生に習いたい(ミーハーな気持ち、)で、近所にあったウェルネスセンターのような緑色のかわいい建物でとり行われるヨガのクラスに参加することにした。そこで、びっくりするほどの体験をした。ある日、ドイツ人の年配の女性と二人でレッスンを受けている時、二人とも、クラスが終わったあと、眠ってしまっていたのだ・・それほど深く深くリラックスした体験はなくて、それが、インドのゴア、毛むくじゃらの先生、ラディッシュに師事するきっかけになった。
香港を経由して、またインドでも乗り換えをして、ようやくたどり着いたゴアの場所は、なんともワイルドな感じで、、朝起きてくると、いつも、パンツいっちょとまではいかないけど、ふんどしいっちょみたいな先生の上半身の毛むくじゃらに、鼻のうがいに、もう3日くらいで嫌だ、、となんとも、来たことを後悔しそうなった。
それでも、日に日に慣れていき、ヨガよりも、興奮したのは、チャイの作り方を教えてもらったときだった!
ヨガをしたり、インド料理をつくったり、チャイを教わりながらも、より精神的な部分に、たくさんの疑問があったわたしは、ヨガの先生=なんでも精神的なことは知っている、さらに聖人。
だと思っていて、人が幸せに生きるにはどうしたらいい?人は、お金を稼いでいいのか?それって聖人のすることじゃないよね?ラディッシュは、どう考えているの?と滞在中の3週間の間に、いろいろな話を聞いたり、話したりした。
例えば、お金のテーマ一つとっても、自分のお金観って完全にこれまでの育ってきた中で形成されている。だから、お金にしろ、幸せにしろ、ほんとうに、人生で一度は、その設定って本当?と向き合うことなのだと思うけど、
当時の私は、けっこう、不思議な設定をしていたなと思う。お金に例をあげるとすたら、聖人(良い人)=お金は稼いではいけない。実際に、彼に聞いたお金は稼いでもいいのか?という質問に対する答えは、こうだった。
誰だって現代の社会にいたら、お金は必要さ、山にこもって暮らしたいなら、話は別だけどね、
彼の答えは、極めて、その通りという感じで、お金自体に、意味をつけているのは自分自身だと今では、わかるものの、当時は、よくわからなかった。お金=悪という設定、本当に人生を狭くしてしまう。
インドのことに話を戻すと、ラディッシュのおじいさんは、南インドでゆうめないヨギーであり、薬草家であり、90歳の後半になった今も、元気でバリバリだという。ラディッシュの携帯には、とくにヨーロッパの顧客から夜な夜な電話がかかってきていて、何やら相談に乗っている様子だった。腕には、スイス人の夫婦からプレゼントされたという高級な時計を身につけながら、寝る場所は床しかないという、今思えば、それは、「どっちでもいい。」という囚われのなさなのかな、とも思う。
あのあと、ラディッシュから、たまにメールがきていて、それは、世界を旅しているんだという内容のものだった。彼は、インドをでて、ドイツにヨガを教えにくることがきっかけで、世界という未知のものに、興味をもっているのかなと思った。確かにメールには、
世界を見るのが楽しんだ
と書かれていた。パパイヤをもって、中身が熟しているかどうか、俺にはすぐにわかるんだと言っていたラディッシュ、今でも、パパイヤを見ると、そんな彼のことを思い出す。
終わりに
チャイをつくりたいと思ったときに、youtubeを調べてみたら、あるある、豪快なチャイ屋さんの動画。なんだか、この混沌さに癒された気持ち、よかった見てみてください♡